【ここ喫ー2】境目・ボーダーライン。

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きよてっく記事アイキャッチ

みなさん、こんにちは。ヒトの話を鵜呑みに出来ないきよてっくです。

ボーダーライン

いきなりですが、MサイズとLLサイズの違いってそれほどではないんだな、と感じたことはありませんか。例えば、普段はMサイズだけどデザインによってはLを着る、とか、モノによって、あるいは着心地によってはLLを選ぶこともある、なんていうのもわりとあるよね。L・LLはMと同じデザイン展開されていることが多く、可愛いものも多いのです。しかし、その先の3Lからはなぜか扱いが大きく違う。まず、3Lは大きいサイズのコーナーでしか出会うことが出来ない。それに圧倒的にデザインが少ない(売り場面積が狭い)。あったとしても生地代なのか、LLまでに比べ、同じデザインなのにちょっとお高いという現実。うーん、3L以降は完全に別扱い、別世界の話。

これって何かの境目に似てる・・・

そうか!(特性)とか(精神状態)の境目だ!

と、いうわけで、私の中ではとってもスムーズにメタファー(比喩)が整ったのでした。

 

きよてっく、体感する

私は去年1年でLから3Lへと移行が完了している。もういいやって諦めたわけでも投げやりになったわけでもなく、ただ自分に太る許可を与えた、と自負している。まあ、理由を1つ上げるとするなら、夕食の時間が10時以降になることが多かったから。

今までの私なら誰に話すわけでも、見せるわけでもなく、あれこれ工夫しながら自炊したり栄養や消化のことを考えて調整したりしたと思うが、食を善悪で判断するのをやめた。朝からお団子やチョコレートを食べて、職場では自炊のお弁当を外食に切り替え、夜もバランスを無視してハンバーグが食べたいと思ったら何日も続けて食べた。その結果、体は重くなったが『心』は軽くなった。 ヒトに寛容になり、頑張りたい時に頑張れるようになった。死ぬまでこの生活を続けるつもりはないが、一時期、自分のリクエストを流し続けるという、この経験は大きかった。

 

自由自在

Lサイズから3Lになるのも、3LからMサイズへ頑張るのも、自由。私の心の中や周りだけでなく『自由』は世界中のあちこちに溢れているのに『自由自在』となるとなかなかお目にかかれない不思議。今年は運動がしたいなぁ、と思ってもう8ヶ月も経ってしまった。なぜだろう、気持ちはあるのに体が動かない。

では、どんな状態なら体は動くのか。心も体も頭もヒトにとってはとっても有機的なシステム。この3つが上手くつながり合って一致感を持った時、初めて『自由自在』なるものが手に入るのかもしれない。昔から「三種の神器」や「三本の矢」、「三つ子の魂100まで」など、『3』という数字はそのままでも合体しても最強の無敵感を醸し出す素数だ。

 

ボーダーライン、再び

と言うわけで、日本では服のサイズはMからLLまでが一般的とされている。Sサイズや、3Lはnotスタンダード。社会統計学やBMIなど何かのデータに基づいてそうなっているのか、量産するために業界が決めたのか、気づいたら何となくそうだったのか、私にはわからない。ただ、LLまでが一般的とされているのは日常生活の中で容易に理解できる。ということは、鬱や発達性がいの診断を受ける時にもLLと3Lの境目のような人は多いのかもしれない。本当はギリギリLLでいけるのに「アナタは3Lを着ておいたほうが良いですよ。」とオススメされたり、明らかにブカブカなのに「私は3Lのほうが着心地が良いんです。」と自らサイズアップを訴えたり・・・

思えば、私たちも「共感」と「実感」が交錯する中で相手の状態を認識しているのかもしれない。

結局はその場の生きた「やり取り」の中で、色んなことが判断されていくのかもしれない。

 

ちなみに発達障がいの診断は以下の基準(表現の加不足はご容赦下さいね)

(生物学的/医学的)特性としての重症度

本人の困り感(今本人が直面している困難)

(特性に関連した)障害としての重症度

に基づいて出されるらしい。

ここでもやはり3つなのだな、とひとり感心してしまったきよてっくなのでした。

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