【ここ喫ー7】素直になることの利益と弊害(前編)ー自分に素直であるということー

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みなさんごきげんよう

どっぷり秋モードのきよてっくです。「秋モードってどんなモード?」と思ったアナタ。

自分なりの季節モードを体の中・心の中に探してみてくださいね。

 

さて、今日のテーマは「素直になることの利益と弊害」について。このテーマはずっと書きたかったテーマなの。

ヒトは生まれてからずっと「素直になれ」と言われて生きる生き物だけど、本当に生きる上でそれほど必要なことなのかしら、というお話。

辞書では

・考え・態度・動作がまっすぐなこと。

・ひがんだ所がなく、人に逆らわないこと。心が純真さを失っていないこと。「(素直)な子」

・技芸などに癖がないこと。「(素直)な字を書く」

とある。

また、かの有名な松下幸之助さんは

「素直な心とは、寛容にして私心なき心、広く人の教えを受ける心、分を楽しむ心であります。また、静にして動、動にして静の働きのある心、真理に通ずる心であります。」

として、『素直な心になるために』という著で「素直な心の内容10カ条」「素直な心の効用10カ条」「素直な心のない場合の弊害10カ条」「素直な心を養うための実践10カ条」を書いておられる。

天下の松下幸之助さんに逆らうつもりはさらさらなくて、辞書の定義する「素直」と、個人の定義する「素直」はこれほど違うのかということの例として引き合いに出させてもらったのよ。

ソース:素直な心になるために(PHP研究所)

 

素直になることの弊害

きよてっく個人としては「素直さ」に一切魅力を感じないけど、幸之助さんのいう「素直な心」には素直に共感できる。他にも素直になること・素直な心を持つことの福音を書いたありがたい本やお言葉は過去の歴史の中にも、もちろん現在にもたくさんあるので今日は主に「弊害」について話してみたいの。そして、きよてっくが声を大にして言いたかったのも実はこの「弊害」だったりする。

「素直」を辞書で引くと「人にさからわないこと」とあるけど、ヒトには絶対に逆らわなければいけない時がある。誰もが知ってる理不尽や不条理に対してと言うより、自分の尊厳・存在そのものを脅かすオーダーを受けた時にはキッパリと『ノー!』と言えないといけない。そもそもコミュニケーション自体、相手のために存在すると言ってもいいスキルだから自分が心地よく生きることと、コミュニケーションの上達はあまり関係ないと個人的には思うの。

ではなぜコミュニケーションは必要なのか。自分の世界と他人の世界が混ざり合う時に大きな摩擦やハレーションが起きないようにするためで、それに比べて動物や植物の世界はわかりやすいわね。ほとんどが力関係で「生存率」と「幸・不幸」が決まるから。しかし、人間は実力があるのに浮かばれないヒト・努力しているのに報われないヒト・ひたすら運に左右されるヒト・など、そもそもの力関係だけでは勝負が決まらないからややこしい。

 

自分が自分に素直であること

では、いついかなる時も「素直」でさえいれば、ピンチは乗りきれるのか。そして成長や成功が保証されるのか。

きよてっく的には「ノー」。特に相手に受け入れてもらうための「素直」さなんていらない。人生を楽しく生きるためには自分が自分に素直であることが大事なのよ。

でも心の声を、思ったままを口にすればいいのかというとそれも違うわ。コミュニケーションにおいては『言い換え』が重要になるの。『言い換え』のない素直な思いは時に摩擦を生む。何でもストレートに言う人間は嫌がられる。とすれば、最初から素直さなんて生きる上では邪魔なだけ。世間の言う素直さは親や先生や上司や世間に対する従順な状態を差すのであって、どこまでも自分に素直な人間はどうしても組織から浮く仕組みになっている。だから相手に対して、或いは自分に対して素直になったところで良い事はあまりないのが現状ね。

とすれば、自分に対して嘘がなく、他人にも受け入れてもらえる言動を取るにはどうすればいいか。

実際のシチュエーションも踏まえたその提案は、次の喫煙タイムでお話しようと思うの。

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