相手のことを理解するためのコツ「地図は領土ではない」という考え方② 伊能忠敬編

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伊能忠敬

「地図は領土ではない」というけども…

前編はコチラ

「地図は領土ではない」という考え方は本当に大事にしたい自分がいるのは事実なんですけど、インターネット大好きな自分としては「半年ROMれ」や「ggrks」のような考え方で育ってきたというのもあって、ホント頭じゃ分かっているのに「地図は領土ではない」って考えられないんですよね。自分に余裕がある時は上手く考えられても、自分の状態が良くない時は、ホントに無理だったりします。

でも正味な話、誰かと一緒にいい結果を出したいと思えば思うほど、まず相手を理解するということから逃れられないのも事実です。仕事でも趣味でも、チームで長期に渡っていい結果を残すための方法論として「誰かを排除する」というのは、よっぽどで無い限り効果が出ません。99%まで理解できていることでも、いざ継続していくとなると中々に難しかったりします。

この残りの1%を埋めるために必要なのは、おそらく反復して数をこなすことであるとは思うのですが、頭で理解する以上に肚落ち(はらおち:おなかで理解)することで、99.9%くらいまで持っていけそうな気がします。よく漫画や映画で、登場人物の心情なんかが心から理解出来た時に、その作品が自分にとってかけがえのない作品になるってことってありませんかね。あの感じを「地図は領土ではない」で味わってみればいいじゃないか、ということで地図といえば「伊能忠敬」が思い浮かんだので、「伊能忠敬」を通じて肚落ちしたいと思います。

 

伊能忠敬の地図は、なぜすごい?

伊能忠敬

こんなかわいい画像がフリーで使えるなんて素晴らしい世の中になったものですね。ちなみに出典元はこちらです。

さて、本題。伊能忠敬は「大日本沿海輿地全図」という日本地図を、徒歩と測量によって作成しました。この地図は現代の技術で描かれたものと遜色が無く、歴史的な価値としても非常に高く評価されています。私個人で言えば、最近「大日本沿海輿地全図」が書店で予約生産されると聞いて申し込もうと思いましたが、5万円という価格を聞いて泣く泣く引きさがりました。ただ、今でも余裕が出来れば買いたいと思っているくらい心惹かれる地図でもあります。
 まさに人生をかけて「クオリティの高い日本地図」を作った人であるといえますが、伊能忠敬の地図を評価するにあたって手放しに「正確な地図だから凄い」という言葉で評価するのは、いささか乱暴な感じがします。何故なら「正確」という言葉は、何かと比較した時に出てくるものなので、まず現代の地図への全面肯定から始まっているように考えることができます。正味な話グーグルマップの方が凄いのは確かなので、そこありきで考えてしまう自分がいます。しかし、「尊重」という観点から考えて、伊能忠敬の地図を理解することから始める方が良さそうなので、とりあえずこの地図の価値は「正確さ」に留まらないと仮定し、色々な視点から捉えてみようではないですか。

 

伊能忠敬のアレコレ

伊能忠敬は50歳になった頃、千葉県の家業を隠居して天文学の勉強をするために江戸にやってきました。二回りも年下の先生に弟子入りし、52歳の時に先生とともにオリジナルの暦を作りあげます。しかし、完成はしたものの地球の正確なサイズが分からなかったため、精度が不十分な暦となっていました。地球のサイズを導き出すには、異なる2つの場所で北極星を観測し見上げる角度を計測する必要があり、しかもできるだけ距離の離れていることが求められたため、蝦夷地(北海道)で北極星を観測する必要があったのです。しかし、当時の蝦夷地は幕府の許可がなければ足を踏み入れることが許されていませんでした。

そこで、忠敬が考えたのが地図作りです。当時は、ロシアが日本に通商(貿易交渉)を求めてきていたので、国防のために正確な日本地図が必要されていました。要するに日本地図を作るという口実があれば、蝦夷地で北極星を観測し放題な訳です。地図作りにかかる費用は全て自己負担でしたが、忠敬はこの話に飛びつきました。そして生涯をかけた地図作りが始まります。1816年まで約17年間かけて日本全国を歩き、歩いた距離は地球一周程の4万キロと言われています。

ということで、元記事の方でも色々な図法の誤差について書きましたが、伊能忠敬も地図を書き起こすにあたり、地球は球面なので数値の誤差を修正する計算にまで取り組みました。言い換えると、ある法則の元で変換が行なわれたということですが、その変換したものの中では彼が歩いた距離も省かれます。正直な話「もったいない」と思いました。地図を作る上では余分な距離なので不要なものかもしれませんが、「歩いた距離をわざわざ省くなんて…」と。電車も車もない当時のことを考えると、移動は大変なことだと思いますし、そもそも伊能忠敬は50歳から地図作りを始めましたから正気の沙汰とは思えません。そんな風に考えると、あの地図は伊能忠敬の足や五感を通して体感した距離や地形の集大成ですよね。どちらかというと、そこに価値があるのではないかと思いました。

「正確な地図」という評価の裏側にあるのは、日本の地形と向き合い、精緻な見立てを行なったという膨大な行動量です。評価はただの後付けであって、作成にいたるまでの行動や背景があったからこそ、あの地図に心惹かれたのではないかと私は思います。そもそもあの地図を実用的な目では見てませんからね。なんてったってグーグル・マップ大好きですから。

 

「地図は誰かが歩いた足跡の記録である」

人間はそれぞれ自分で描いた地図を持っています。それは、伊能忠敬と同様、様々な物事に向き合い、「自分」というフィルタを通して必要なことを記録したものです。そこには地図に書かれていないこともあれば、書くに至らなかった事情もあるでしょう。しかし、伊能忠敬は地球を一周分の距離を歩きました。地図を作成するために、それだけの労力を厭わなかったということです。他の人だってそうかもしれません。端から見ればいびつな地図であったとしても、生きてきた証です。それを否定することはできませんよね。なるべく自分の地図も相手の地図も否定しないことが一番です。「地図は領土ではない」よりも「地図は誰かが歩いた足跡の記録」ということで、理解の仕方を変えてみれば見えてくるものも沢山あるという話でした。

強引だけど肚落ち完了!

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